2011年「武蔵野の冬」へのお誘い

2011/11 : 志村 泉
テレジンのピアノの会 未来へのかけはし第27号

昨年5月のチェコ旅行以後のこの1年半の間に、それまで名前すら知らなかった作曲家の作品も含めて、新たに出会い夢中になって弾いてきたチェコのピアノ作品は、延べリサイタル一晩分をはるかに超えます。
30年も演奏活動をしてきてこんなことが起こるなんて、夢にも思わなかったことでした。ほとんど演奏されることのない、つまり聴衆にとっては初めて聴く曲 をこれだけ弾いてこられたのは、私にとってその音楽が、弾かずにはいられないものであるというだけでなく、聴き手にとってもほんとうに魅力的なものだから だと思います。
そして今になってみると私にとってこの経験は、“ピアノを弾く”ということ自体に何か前とは違う姿勢を与えられたものであるような気がします。“自分と音楽がより近くなった”のです。何十年も弾き続けてきた作品を弾くとき、特にそれを感じます。
何故かということはよく分かりません。様々な時代のチェコの作曲家たちの音楽を通し、彼らの人生の喜びや苦悩、そして彼らの知性や自然へのあこがれなどが、私に何か豊かなものを与えたのかもしれません。

当然テレジンの作品に対しても、以前とは違うアプローチをしている自分が面白いです。そしてだからこそ、テレジンの強制収容所のなかで展開された芸術活動のすごさに、改めて衝撃を受けています。
昨年よりたくさんのチェコ作品を聴いていただいてきた私の「武蔵野シリーズ」は、今回「武蔵野の冬」と題してやはりチェコ作品を聴いていただく中に、テレ ジンの作曲家・ウルマンが、リルケの詩を題材に語りとピアノのために書いた作品、「コルネット(旗手)~クリストフ・リルケの愛と死の歌」を入れました。
この作品は2000年に女優・新井純さんと東京で上演、2002年には当時ベルリナー・アンサンブルの役者さんだったヨナス・フュルステナウさんとベルリ ンをはじめ、あの大洪水に見舞われたチェコとドイツで3回上演し、またその後東京でも聴いていただくことができました。すべて「テレジンの会」の活動の一 環でした。

テレジンの収容所の中で1944年7月に完成し、9月までに何回か上演されたこの作品は、テレジンの芸術活動の“最後に咲いた花”と言ってもよいのではないかと思います。
1899年にリルケによって書かれた長編詩「コルネット(旗手)~クリストフ・リルケの愛と死の歌」は、24歳のリルケがある古文書を通して、17世紀に 自分の先祖であるクリストフ・リルケという若者が名誉ある「旗手」として戦死したことを知り、インスピレーションを受け一晩で書き上げたとされる名作。当 時ヨーロッパで広く親しまれ、第一次大戦に赴く兵士たちは、その本を戦地に携えていったと言われます。第一次大戦に志願して行ったウルマンもそうだったの でしょうか。
収容所では、ウルマンやクラインらとともに終始音楽活動の中心にいたピアニスト・シェヒターと、俳優のレーナーによって上演されました。それを聴いた人々 は作中の、トルコとの戦争にヨーロッパ中の国々から馳せ参じた兵士たちと、ヨーロッパ各地から収容されてきた自分たちを重ね合わせたのではないでしょう か。明日のわが身がどうなるかもわからず、“時など、とうに木端微塵”と追い詰められた中での主人公と伯爵夫人の逢瀬は、収容された時点で“時間が止まっ てしまった”人々には、どのように感じられたことでしょう。
ハンス・クラーサの子供のためのオペラ「ブルンディバール」が55回も上演され、皆がその歌を口ずさんだほど親しまれたことはよく知られていますが、この作品もまた、聴いた人々が胸震わせ、様々な思いに駆られたに違いありません。

ウルマンの音楽は、彼がどれほど優れた作曲家であったかを示しています。ピアノパートは、もともとオーケストラのために書かれたものであることがよく分か ります。収容所の中では完全な編成のオーケストラは望めませんでしたが、ウルマンの頭の中では完全なオーケストラの音が鳴っていたでしょうし、いつか実際 にその音を聴くことができると思っていたかもしれません。けれども10月16日には、残っていた音楽家たちのすべて、そしてきっとこの作品を聴いた人たち の多くも、アウシュビッツへ送られました。
今回の演奏にあたって私は、できればこの作品を作曲された状況とは切り離して、“ヨーロッパで盛んだったメロドラマ(元来伴奏つきの簡単な所作劇の意)形 式の名作の魅力を、180席の小空間で生の音(声)で楽しんでいただきたい”という発想から始めました。“純粋に楽しんでいただきたい”という気持ちは今 も変わりません。
けれども14年前に初めてテレジンへ行った時からの、濃密な「テレジン」との関わりのせいでしょうか。この作品を「テレジン」と切り離してとらえることは、私にはできないということも痛感しています。

今回語ってくださる佐山陽規さんとは30年前、オペラ小劇場「こんにゃく座」のピアノ・オペラの舞台を何十回も共にしました。その後日本初演の「レ・ミゼ ラブル」の「ジャベール警部」に抜擢され、ミュージカルの世界で活躍するようになった佐山さんの舞台を見ることは、ほんとうに楽しみでした。「歌と芝居」 をするために生まれたような佐山さんが、私の知らないミュージカルの世界で確かな仕事を続けていらっしゃることは、私にとってもほんとうにうれしいことで す。
星の数ほど舞台を踏んだ佐山さんも、メロドラマというものは初めての挑戦だそうです。私も10年前より少しは成長したように思いますので、新たに佐山さんと作る「コルネット」を皆さんに聴いていただけることが、とても楽しみです。

                     2011年秋 志村 泉