今回のリサイタルは、私にとって特別なものとなります。
ほんの数年前まで、このようなプログラムを組むことなど、思いもよらないことでした。それでいて、私にとって新しいことかと言えば最も古い、言わば私の音楽の原点に帰ることになります。4歳でピアノを習い始めるずっと前、生まれた時から折りにふれ、祖父の尺八は聴いていたのですから。
けれども今思うと不思議なほどに子どもの頃の私は、自分が音楽をやっていることと祖父のことは、無関係と思っていました。バッハやモーツァルトやベートーヴェンの音楽と祖父の尺八は、あまりにも違う世界であり、難しい曲を一生懸命練習してたくさんの音を弾いていくことと、単音の味わい深いのどかな尺八の音色とはどうしたって結びつきませんでした。
大学を卒業して演奏活動を始めたとき林光さん、間宮芳生さん、一柳慧さんなど日本の作曲家の作品をたくさん弾かせていただく機会に恵まれ、学生時代には見向きもしなかった邦人作品の世界に自分が飛び込んでいったとき、何かしら祖父から流れているものを感じたように思います。
そしてそれからまた数十年音楽に携わってきた自分が、いつも新しい出会いと発見に恵まれている幸せを考えたとき、私一人の人生だけではない何かがあるように感じ、やはり祖父のことがとても大きく存在感を持ち始め、それがこの企画につながりました。
とは言え、三橋貴風さんにお引き受けいただけなければありえないことでした。祖父の作品の譜面をすべてお送りし、選曲はすべてお任せいたしましたが、祖父の代表作である「英霊に捧ぐ」と、私が一番演奏していただきたいと思っていた「稚児鈴慕」を選んでいただけました。
「英霊に捧ぐ」は1938年(昭和13年)の作で、あの優しい祖父が、戦争へ行って亡くなる人の魂を尺八の音色で慰めたいと、心から願ったものと思いますが、その時点では、このような大きな犠牲を払う世界大戦になっていくとは思いもしなかったことでしょう。世界的に活躍される三橋さんに、「世界中の英霊に捧げる曲」として演奏していただきたいと思っております。
「稚児鈴慕」は愛児を失くした若い母の嘆きを描いた作品です。
また私が長くお付き合いさせていただいている作曲家・寺嶋陸也さんの作品を、三橋さんが以前に初演していらしたことも幸運でした。「尺八とピアノ」という私にとって初めてのジャンルに、このお二人のお力をいただいて挑戦することができます。
「祖父の三十三回忌に寄せて」のリサイタルは片方で、私が今まで積み重ねてきたことがしっかり軸になければ意味がないと思っています。
20年近く触れてきたチェコの音楽から、この数年ものすごく好きになったベンダの作品、今年3月に日本初演をさせていただいたコルテの破格のソナタ。
そしてずっと弾いていきたいベートーヴェンの「熱情」ソナタ。
前半の曲の並びも、かなり個性的なものとなりました。
一晩で幾通りもの楽しみ方をしていただけるコンサートになると思います。
是非足をお運びいただけますよう、お願い申し上げます。
志村 泉