大分県佐伯市にて

2014/08 : 志村 泉
音楽教育の会 第59回全国大会要項より

  2月に参加した大分サークルの武生さんの授業。
まったく違う二つの歌で、中学生と出会うことができた。

一つは「赤い新芽」。
生徒たちと武生さんの関係の、そして授業の進み方の自然さがとてもいいと思いながらも、生徒たちの、集中していないわけでも消極的なわけでもないのに、歌 が内側にこもってしまっているのは何故だろうと考えていた。やはりこんなにたくさんの人が参観しているのだから、緊張もしているのだと思った。
「赤い新芽」を私のピアノで歌ってもらったとき、黙っていられなくなり、「みんな、あの海に浮かんでいるガラス玉の中に、入っちゃっているみたい。」と言ってしまった。生徒たちはきょとんとしている。
“そうか、今時ガラス玉なんか海に浮いてはいないのだ”と気づき、「ビンでもいいのよ、みんなビンの中に入り込んじゃってる感じよ。ねえ、ビンから出てきて歌って!」と、声をかけた。
“変なこと言うなあ、このオバサン”と思ったに違いない。でも興味を持ってくれていることは分かった。
あの「赤い新芽」のピアノを、“最大限、働きかける”ことだけを目指して弾いた。歌が少し動いてきた。その“少し動いた”ものを三倍ぐらいに膨らませてあの間奏を弾いた。戻ったときの歌は、最初とはまったく違う、“ビンから出た歌”になっていた。

少し強引だったかもしれない。
でもあの時私の中には、朝、中学校に向かう車の中から見た、あの景色があった。
リアス式海岸に沿って曲がりくねった道を行くと、右側には小高い丘、左側には大小の島がいくつもすぐそばに浮かぶ海・・・。この豊かな自然を、ここに暮らす人たちはどのように思っているのだろうか。
“こんな素晴らしい自然に恵まれて”と思えば、限りなくプラスになる。生まれ故郷として愛していても、“こんな不便なところでは”ということがあればマイナスにもなる。
“都会に住んでいれば活気のある人生を送れる”などということは全くない。うっかりしたら、表面だけの活気に翻弄されてしまう。
でも色々な面で都会に集中してしまう世の中で、こういうところで活気のある生活が営まれるためには、都会に暮らす以上にもっと、自分の内側から生まれる活力が必要だろうと思った。
あの子たちも、あの佐伯というところでずっと暮らす子もあれば、また他所へ出ていく子もあるだろう。それは一人一人の人生がある。
でもこんな豊かな自然の中で、こんな立派な中学校で(校舎も素敵だった)、こんな音楽の授業を受けている。とりあえずそれがどんな素敵なことなのか、感じてほしかった。
「赤い新芽」という歌で、そんな漠然とした私の思いを、初めて会ったあの子たちにぶつけることができた。

もう一つは、武生さんがその日の授業で初めて渡した「詩人、ミューズのお気に入り」。
武生さんの見事な範唱で、いっぺんに歌の全体像をとらえたに違いない。
私に渡されても、何をしたらよいのか最初分からなかった。ただ、“この歌を自分たちの生活とつなげてほしい”と思った。
シューベルトの音楽は弾むリズムが心地よいが、ゲーテの詩は最初ちょっと分かりにくい。“これはこういう詩よ”と話す自信もない。でも自分の生活につなげてほしい。
私はまた、“この海辺の道を、みんな自転車で登校してくるのだろう”と、朝考えたことを思い出した。
「ねえ、みんな自転車に乗るでしょう。」と声をかけてみた。あの時の生徒たちの反応が忘れられない。目を輝かせて「ウン、ウン、」と嬉しそうにうなずき、自分たちの生活を存分に楽しんでいる、中学生の姿を見せてくれた。
文豪ゲーテのこの詩の中身と、どれだけつながるか。“いや、ほとんどつながっていない”と思いながらも、“それでもいい”と感じた。
とりあえずこの子たちが“主役”だ。「野山かけ抜け 口笛吹いて 風のように 旅をする」。きっとこの子達は朝の登校の時や放課後、あの道を、全身に海風 を受けながら自転車を走らせ、その時はすごい開放感と心地よさを感じているはずだ。そこにつなげて歌えたら、この子たちはこの歌と“出会う”ことになる。 そこから出発だと思った。
「自転車走らせたら、風のない日だって自分の周りで風が吹くでしょう。」と言って、私のピアノで歌ってもらった。まだちゃんとした歌にはならなかったけれど、子どもたちはこの歌と出会っていると感じた。

授業のあと、校長先生とお話をした。
「あの子たちは、このあたりの高校へ行くんですか?」と伺ったら、今高校がどんどん縮小されて、このあたりにはないので、遠くの高校に通うことになり、親が車で送り迎えしなければならない子もたくさんいるとのことだった。
愕然とした。どうしてそんなことになってしまうのだろう。中学では先生方が、こんなに大事に生徒を育てているのに・・・。

1週間後、武生さんが次の授業での「詩人ミューズ」の録音を、メールで送ってくださった。
驚いてしまった。「詩人、ミューズのお気に入り」は、もうすっかり彼らのものになっていた。

                     志村 泉